の傾向は多数へ訴《うつた》へる小説をうむことになりさうだし、後《のち》の傾向は少数に訴へる小説をうむことになる筈である。即ち両者の傾向は相反してゐるけれども、どちらも起らぬと断言しがたい。
七 古書の焼失を惜しむ
今度の地震で古美術品と古書との滅びたのは非常に残念に思ふ。表慶館《へいけいくわん》に陳列されてゐた陶器類は殆《ほとん》ど破損したといふことであるが、その他にも損害は多いにちがひない。然し古美術品のことは暫らく措《お》き古書のことを考へると黒川家《くろかはけ》の蔵書も焼け、安田家《やすだけ》の蔵書も焼け大学の図書館《としよかん》の蔵書も焼けたのは取り返しのつかない損害だらう。商売人でも村幸《むらかう》とか浅倉屋《あさくらや》とか吉吉《よしきち》だとかいふのが焼けたからその方の罹害《りがい》も多いにちがひない。個人の蔵書は兎《と》も角《かく》も大学図書館の蔵書の焼かれたことは何んといつても大学の手落ちである。図書館の位置が火災の原因になりやすい医科大学の薬品のあるところと接近してゐるのも宜敷《よろし》くない。休日などには図書館に小使位しか居ないのも宜《よろ》しくな
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