る自然も又人間の中なる人間に愛憐を垂《た》るることなければなり。鶴と家鴨とを食《くら》へるが故に、東京市民を獣心なりと云ふは、――惹《ひ》いては一切人間を禽獣《きんじう》と選ぶことなしと云ふは、畢竟《ひつきやう》意気地《いくぢ》なきセンテイメンタリズムのみ。
自然は人間に冷淡なり。されど人間なるが故に、人間たる事実を軽蔑《けいべつ》すべからず。人間たる尊厳を抛棄《はうき》すべからず。人肉を食《くら》はずんば生き難しとせよ。汝《なんぢ》とともに人肉を食《くら》はん。人肉を食《くら》うて腹|鼓然《こぜん》たらば、汝の父母妻子を始め、隣人を愛するに躊躇《ちうちよ》することなかれ。その後《のち》に尚余力あらば、風景を愛し、芸術を愛し、万般の学問を愛すべし。
誰か自《みづか》ら省れば脚に疵《きず》なきものあらんや。僕の如きは両脚《りやうきやく》の疵、殆《ほとん》ど両脚を中断せんとす。されど幸ひにこの大震を天譴《てんけん》なりと思ふ能《あた》はず。況《いは》んや天譴《てんけん》の不公平なるにも呪詛《じゆそ》の声を挙ぐる能はず。唯|姉弟《してい》の家を焼かれ、数人の知友を死せしめしが故に、已《や》み難き遺憾《ゐかん》を感ずるのみ。我等は皆|歎《なげ》くべし、歎きたりと雖《いへど》も絶望すべからず。絶望は死と暗黒とへの門なり。
同胞よ。面皮《めんぴ》を厚くせよ。「カンニング」を見つけられし中学生の如く、天譴なりなどと信ずること勿《なか》れ。僕のこの言《げん》を倣《な》す所以《ゆゑん》は、渋沢《しぶさは》子爵の一言《いちげん》より、滔滔《たうたう》と何《なん》でもしやべり得る僕の才力を示さんが為なり。されどかならずしもその為のみにはあらず。同胞よ。冷淡なる自然の前に、アダム以来の人間を樹立せよ。否定的精神の奴隷《どれい》となること勿《なか》れ。
四 東京人
東京に生まれ、東京に育ち、東京に住んでゐる僕は未《いま》だ嘗《かつ》て愛郷心なるものに同情を感じた覚えはない。又同情を感じないことを得意としてゐたのも確かである。
元来愛郷心なるものは、県人会の世話にもならず、旧藩主の厄介《やくかい》にもならない限り、云はば無用の長物である。東京を愛するのもこの例に洩《も》れない。兎角《とかく》東京東京と難有《ありがた》さうに騒ぎまはるのはまだ東京の珍らしい田舎者《ゐなかも
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