らず。下より見るべからず。一郷の人は一郷の眼を以て見るべく、一国の人は一国の眼を以て見るべく、天下の人は天下の眼を以て見るべし。」
是等の言葉は湖州によれば、いづれも史上の人物に対する観照の態度を述べたものである。けれども湖州は古人にばかり、かう云ふ観照を加へたのであらうか? いや、徳川家康をも冷眼に眺めた大久保湖州に唯史上の人物にばかり、かう云ふ観照を加へろと云ふのは出来ない相談ではないであらうか? 水谷不倒の湖州君小伝によれば「君、(中略)人に接するや寛容にして能く客を遇す。故に君の門を叩くもの日に絶えず、而して客の種類を問へば、概ね未来に属する政治家、文学者、詩人、美術家、史家、哲学者、事業家等あり。」だつたさうである。未来に属する政治家、文学者、詩人、美術家、史家、哲学者、事業家などと云ふものは勿論書生だつたのに違ひない。湖州は必ず是等の人々に独特の烱眼を注いだのであらう。同時に又是等の人々の中に、貪慾なる、奸譎《かんけつ》なる、野卑なる、愚昧なる、放漫なる、が、常に同情を感ずる人間全体を見出したのであらう。僕の信ずる所によれば、湖州たる所以は徳川家康と云ふ英雄の中に人間全体を発見する前に、この所謂未来に属する政治家、文学者、詩人、美術家、史家、哲学者、事業家などの一群の中に人間全体を発見したことである。大いなる支那の賢人は「古きを温《たづ》ね、新らしきを知る」と云つた。成程神功皇后の古きを温ね奉ることは勇敢なる婦人参政権論者の新らしきを知ることになるかも知れない。しかし又逆に新らしきを温ね、古きを知ることも確である。のみならず新らしきも知らない癖に、古きばかり温ねるのは新古ともに茫々たる魔境に墜ちることも確かである。不幸にも当世の伝記の作者は大抵この魔境に安住した。彼等は史上の人物を知つてゐると信じてゐる。が、彼等自身をはじめ、彼等の父母妻子の人間たることさへ一度も真に知らずに来た彼等に、糢糊たる史上の人物はどの位心臓を窺はせるであらうか? 湖州はかう云ふ出発点から、既に彼等とは反対の道へ精進の歩みを運んでゐる。湖州の徳川家康の人間らしい英雄となり得たのも偶然ではないと云はなければならぬ。
「家康(中略)、おのが庶子|於義丸《おぎまる》を遣し、石川数正が子の勝千代と、作左衛門が子の仙千代とを附添へて都に登しぬ。(僕曰、小牧山の戦後、都にゐる秀吉に事実上の
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