続芭蕉雑記
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)蟻《あり》は

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     一 人

 僕は芭蕉の漢語にも新しい命を吹き込んだと書いてゐる。「蟻《あり》は六本の足を持つ」と云ふ文章は或は正硬であるかも知れない。しかし芭蕉の俳諧は度たびこの翻訳に近い冒険に功を奏してゐるのである。日本の文芸では少くとも「光は常に西方から来てゐた。」芭蕉も亦やはりこの例に洩れない。芭蕉の俳諧は当代の人々には如何に所謂モダアンだつたであらう。
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ひやひやと壁をふまへて昼寝かな
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「壁をふまへて」と云ふ成語は漢語から奪つて来たものである。「踏壁眠《かべをふまへてねむる》」と云ふ成語を用ひた漢語は勿論少くないことであらう。僕は室生犀星君と一しよにこの芭蕉の近代的趣味(当代の)を一世を風靡《ふうび》した所以《ゆゑん》に数へてゐる。が、詩人芭蕉は又一面には「世渡り」にも長じてゐた。芭蕉の塁《るゐ》を摩《ま》した諸俳人、凡兆、丈艸《ぢやうさう》、
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