かが、受付係は葬儀のすむまで、受付に残っていなければならんと言ったのだそうである。至極もっともな憤慨だから、僕もさっそくこれに雷同した。そうして皆で、受付を閉じて、斎場へはいった。
 正面の高い所にあった曲※[#「碌のつくり」、第3水準1−84−27]《きょくろく》は、いつの間にか一つになって、それへ向こうをむいた宗演《そうえん》老師が腰をかけている。その両側にはいろいろな楽器を持った坊さんが、一列にずっと並んでいる。奥の方には、柩があるのであろう。夏目金之助之柩《なつめきんのすけのひつぎ》と書いた幡《はた》が、下のほうだけ見えている。うす暗いのと香の煙とで、そのほかは何があるのだかはっきりしない。ただ花輪の菊が、その中でうずたかく、白いものを重ねている。――式はもう誦経《ずきょう》がはじまっていた。
 僕は、式に臨んでも、悲しくなる気づかいはないと思っていた。そういう心もちになるには、あまり形式が勝っていて、万事がおおぎょうにできすぎている。――そう思って、平気で、宗演老師の秉炬法語《へいきょほうご》を聞いていた。だから、松浦君の泣き声を聞いた時も、始めは誰かが笑っているのではないか
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