桜のこずえにもう朝日がさしていた。下から見ると、その桜の枝が、ちょうど鉄網のように細《こまか》く空をかがっている。僕たちはその下に敷いた新しいむしろの上を歩きながら、みんな、体をそらせて、「やっと眼がさめたような気がする」と言った。
 斎場は、小学校の教室とお寺の本堂とを、一つにしたような建築である。丸い柱や、両方のガラス窓が、はなはだみすぼらしい。正面には一段高い所があって、その上に朱塗《しゅぬり》の曲禄《きょくろく》が三つすえてある。それが、その下に、一面に並べてある安直な椅子《いす》と、妙な対照をつくっていた。「この曲禄を、書斎の椅子《いす》にしたら、おもしろいぜ」――僕は久米《くめ》にこんなことを言った。久米は、曲禄の足をなでながら、うんとかなんとかいいかげんな返事をしていた。
 斎場を出て、入口の休所《やすみどころ》へかえって来ると、もう森田さん、鈴木さん、安倍さん、などが、かんかん火を起した炉《ろ》のまわりに集って、新聞を読んだり、駄弁《だべん》をふるったりしていた。新聞に出ている先生の逸話《いつわ》や、内外の人の追憶が時々問題になる。僕は、和辻さんにもらった「朝日」を吸い
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