い。が、どこかようすがちがう。脣《くちびる》の色が黒《くろず》んでいたり、顔色が変わっていたりする以外に、どこかちがっているところがある。僕はその前で、ほとんど無感動に礼をした。「これは先生じゃない」そんな気が、強くした。(これは始めから、そうであった。現に今でも僕は誇張なしに先生が生きているような気がしてしかたがない)僕は、柩の前に一、二分立っていた。それから、松根さんの合図通り、あとの人に代わって、書斎の外へ出た。
 ところが、外へ出ると、急にまた先生の顔が見たくなった。なんだかよく見て来るのを忘れたような心もちがする。そうして、それが取り返しのつかない、ばかな事だったような心もちがする。僕はよっぽど、もう一度行こうかと思った。が、なんだかそれが恥しかった。それに感情を誇張しているような気も、少しはした。「もうしかたがない」――そう、思ってとうとうやめにした。そうしたら、いやに悲しくなった。
 外へ出ると、松岡が「よく見て来たか」と言う。僕は、「うん」と答えながら、うそをついたような気がして、不快だった。

 青山の斎場《さいじょう》へ行ったら、靄《もや》がまったく晴れて、葉のない桜のこずえにもう朝日がさしていた。下から見ると、その桜の枝が、ちょうど鉄網のように細《こまか》く空をかがっている。僕たちはその下に敷いた新しいむしろの上を歩きながら、みんな、体をそらせて、「やっと眼がさめたような気がする」と言った。
 斎場は、小学校の教室とお寺の本堂とを、一つにしたような建築である。丸い柱や、両方のガラス窓が、はなはだみすぼらしい。正面には一段高い所があって、その上に朱塗《しゅぬり》の曲禄《きょくろく》が三つすえてある。それが、その下に、一面に並べてある安直な椅子《いす》と、妙な対照をつくっていた。「この曲禄を、書斎の椅子《いす》にしたら、おもしろいぜ」――僕は久米《くめ》にこんなことを言った。久米は、曲禄の足をなでながら、うんとかなんとかいいかげんな返事をしていた。
 斎場を出て、入口の休所《やすみどころ》へかえって来ると、もう森田さん、鈴木さん、安倍さん、などが、かんかん火を起した炉《ろ》のまわりに集って、新聞を読んだり、駄弁《だべん》をふるったりしていた。新聞に出ている先生の逸話《いつわ》や、内外の人の追憶が時々問題になる。僕は、和辻さんにもらった「朝日」を吸い
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