朝日」へ火をつけると、その生活に疲れた顔へ、無邪気な羨望《せんぼう》の色を漲《みなぎ》らせた。
「何処《どこ》へでも旅行すれば好《い》いぢやないか。君なぞは独身なんだし。」
「所が貧乏暇なしでね。」
私はこの旧友の前に、聊《いささ》か私の結城《ゆふき》の着物を恥ぢたいやうな心もちになつた。
「だが君も随分《ずゐぶん》長い間《あひだ》、この店に勤めてゐるぢやないか。一体今は何をしてゐるんだ。」
「僕か。」
田崎は「朝日」の灰を落しながら、始めて得意さうな返事をした。
「僕は今旅行案内の編纂《へんさん》をしてゐるんだ。まづ今までに類のない、大規模な旅行案内を拵《こしら》へて見ようと思つてね。」
底本:「芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1971(昭和46)年10月5日初版第5刷発行
入力校正:j.utiyama
1999年2月15日公開
2003年10月7日修正
青空文庫作成ファイル:
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