助はまた来た時のように、紋附の羽織をひっかけながら、主人夫婦の前へ出ました。そうして慇懃《いんぎん》に二十年間、世話になった礼を述べました。
「ついては兼《か》ね兼《が》ね御約束の通り、今日は一つ私にも、不老不死《ふろうふし》になる仙人の術を教えて貰いたいと思いますが。」
権助にこう云われると、閉口したのは主人の医者です。何しろ一文も給金をやらずに、二十年間も使った後《あと》ですから、いまさら仙術は知らぬなぞとは、云えた義理ではありません。医者はそこで仕方なしに、
「仙人になる術を知っているのは、おれの女房《にょうぼう》の方だから、女房に教えて貰うが好《い》い。」と、素《そ》っ気《け》なく横を向いてしまいました。
しかし女房は平気なものです。
「では仙術を教えてやるから、その代りどんなむずかしい事でも、私の云う通りにするのだよ。さもないと仙人になれないばかりか、また向う二十年の間、御給金なしに奉公しないと、すぐに罰《ばち》が当って死んでしまうからね。」
「はい。どんなむずかしい事でも、きっと仕遂《しと》げて御覧に入れます。」
権助《ごんすけ》はほくほく喜びながら、女房の云いつけを
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