を教えてくれぬなぞと、不平でも云い出したら、どうする気だ?」と忌々《いまいま》しそうに小言《こごと》を云いました。
しかし女房はあやまる所か、鼻の先でふふんと笑いながら、
「まあ、あなたは黙っていらっしゃい。あなたのように莫迦正直では、このせち辛《がら》い世の中に、御飯《ごはん》を食べる事も出来はしません。」と、あべこべに医者をやりこめるのです。
さて明くる日になると約束通り、田舎者の権助は番頭と一しょにやって来ました。今日はさすがに権助《ごんすけ》も、初《はつ》の御目見えだと思ったせいか、紋附《もんつき》の羽織を着ていますが、見た所はただの百姓と少しも違った容子《ようす》はありません。それが返って案外だったのでしょう。医者はまるで天竺《てんじく》から来た麝香獣《じゃこうじゅう》でも見る時のように、じろじろその顔を眺めながら、
「お前は仙人になりたいのだそうだが、一体どう云う所から、そんな望みを起したのだ?」と、不審《ふしん》そうに尋ねました。すると権助が答えるには、
「別にこれと云う訣《わけ》もございませんが、ただあの大阪の御城を見たら、太閤様《たいこうさま》のように偉い人でも、
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