ん。ですから一まず権助を返すと、早速《さっそく》番頭は近所にある医者の所へ出かけて行きました。そうして権助の事を話してから、
「いかがでしょう? 先生。仙人になる修業をするには、どこへ奉公するのが近路《ちかみち》でしょう?」と、心配そうに尋ねました。
 これには医者も困ったのでしょう。しばらくはぼんやり腕組みをしながら、庭の松ばかり眺めていました。が番頭の話を聞くと、直ぐに横から口を出したのは、古狐《ふるぎつね》と云う渾名《あだな》のある、狡猾《こうかつ》な医者の女房です。
「それはうちへおよこしよ。うちにいれば二三年|中《うち》には、きっと仙人にして見せるから。」
「左様《さよう》ですか? それは善い事を伺いました。では何分願います。どうも仙人と御医者様とは、どこか縁が近いような心もちが致して居りましたよ。」
 何も知らない番頭は、しきりに御時宜《おじぎ》を重ねながら、大喜びで帰りました。
 医者は苦い顔をしたまま、その後《あと》を見送っていましたが、やがて女房に向いながら、
「お前は何と云う莫迦《ばか》な事を云うのだ? もしその田舎者《いなかもの》が何年いても、一向《いっこう》仙術
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