るようになった。その中に、老人も紙銭の中から出て来て、李と一しょに、入口の石段の上に腰を下したから、今では顔貌《かおかたち》も、はっきり見える。形容の枯槁《ここう》している事は、さっき見た時の比ではない。李はそれでも、いい話相手を見つけたつもりで、嚢《ふくろ》や笥《はこ》を石段の上に置いたまま、対等な語《ことば》づかいで、いろいろな話をした。
 道士は、無口な方だと見えて、捗々《はかばか》しくは返事もしない。「成程な」とか「さようさ」とか云う度に、歯のない口が、空気を噛むような、運動をする。根の所で、きたない黄いろになっている髯も、それにつれて上下《うえした》へ動く、――それが如何にも、見すぼらしい。
 李は、この老道士に比べれば、あらゆる点で、自分の方が、生活上の優者だと考えた。そう云う自覚が、愉快でない事は、勿論ない。が、李は、それと同時に、優者であると云う事が、何となくこの老人に対して済まないような心もちがした。彼は、談柄《だんぺい》を、生活難に落して、自分の暮しの苦しさを、わざわざ誇張して、話したのは、完《まった》く、この済まないような心もちに、煩《わずら》わされた結果である。
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