て行った。この地方の蒙った惨害の話から農家一般の困窮で、老人の窮状をジャスティファイしてやりたいと思ったのである。
 すると、その話の途中で、老道士は、李の方へ、顔をむけた。皺の重なり合った中に、可笑《おか》しさをこらえているような、筋肉の緊張がある。
「あなたは私に同情して下さるらしいが、」こう云って、老人は堪《こら》えきれなくなったように、声をあげて笑った。烏が鳴くような、鋭い、しわがれた声で笑ったのである。「私は、金には不自由をしない人間でね、お望みなら、あなたのお暮し位はお助け申しても、よろしい。」
 李は、話の腰を折られたまま、呆然《ぼうぜん》として、ただ、道士の顔を見つめていた。(こいつは、気違いだ。)――やっとこう云う反省が起って来たのは、暫くの間|※[#「目+登」、第3水準1−88−91]目《とうもく》して、黙っていた後の事である。が、その反省は、すぐにまた老道士の次の話によって、打壊された。「千鎰《せんいつ》や二千鎰でよろしければ、今でもさし上げよう。実は、私は、ただの人間ではない。」老人は、それから、手短に、自分の経歴を話した。元は、何とか云う市《まち》の屠者《とし
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