それから又夏目先生の話に子規《しき》は先生の俳句や漢詩にいつも批評を加へたさうです。先生は勿論《もちろん》子規の自負心《じふしん》を多少|業腹《ごふはら》に思つたのでせう。或時英文を作つて見せると――子規はどうしたと思ひますか? 恬然《てんぜん》とその上にかう書いたさうです。――ヴエリイ・グツド!
×
これは大塚先生の話です。先生は帰朝後西洋服と日本服との美醜を比較した講演か何かしたさうです。すると直接先生から聞いたかそれとも講演の筆記を読んだか、兎《と》に角《かく》その説を知つた子規は大塚先生にかう云つたさうです。――
「君は人間の立つてゐる時の服装の美醜ばかり論じてゐる。坐つてゐる時の服装の美醜も并《あは》せて考へて見なければいかん。」わたしのこの話を聞いたのは大塚先生の美学の講義に出席してゐた時のことですが、先生はにやにや笑ひながら「それも後《のち》に考へて見ると、子規はあの通り寝てゐたですから、坐つた人間ばかり見てゐたのでせうし、わたしは又外国にゐたのですから、坐らない人間ばかり見てゐましたし」と御尤《ごもつと》もな註釈をもつけ加へたものです。
ではこれで御免《ごめん》蒙《かうむ》ります。それからこの間《あひだ》お出《いで》になつた方にもちよつと申し上げて置いたのですが、どうか「子規全集」の予約者の中にわたしの名前を加へて置いて下さい。以上。
[#地から1字上げ](大正十三年四月)
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング