のさはつた手を動かさずにゐたのでも、わかるだらう。……
 なに吉原の太夫? 太夫はまるでそれと反対な、小さい、人形のやうな、女だつた。

     下

世之助 まづざつと、こんなものだつた。そこで、それ以来、その女のやうなものを関係した中へ勘定したから、合せて男女《なんによ》四干四百六十七人に戯れた事になると云ふ次第さ。
友だち 成程、さう聞けば尤もらしい。だが……
世之助 だが、何だい。
友だち だが、物騒《ぶつさう》な話ぢやないか。さうなると、女房や娘はうつかり外へも出されない訳だからね。
世之助 物騒でも、それがほんたうなのだから、仕方がない。
友だち して見ると、今にお上から、男女同席御法度《なんによどうせきごはつと》の御布令《おふれ》でも出かねなからう。
世之助 この頃のやうぢや、その中に出るかも知れないね。が、出る時分には、私はもう女護《によご》ヶ島《しま》へ行つてゐる。
友だち 羨《うらやま》せるぜ。
世之助 なに女護ヶ島へ行つたつて、ここにゐたつて、大してかはりはしない。
友だち 今の算盤《そろばん》のとり方にすれば、さうだらう。
世之助 どうせ何でも泡沫夢幻《はうまつむげん》だからね。さあ改めて、加賀節でも承らう。
[#地から2字上げ](大正六年四月)



底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
   1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:柳沢成雄
1998年10月11日公開
2004年3月16日修正
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