に伴ふ「とても」は東京の言葉ではない。東京人の古来使ふのは「とても及ばない」のやうに否定に伴ふ「とても」である。近来は肯定に伴ふ「とても」も盛んに行はれるやうになつた。たとへば「とても綺麗《きれい》だ」「とてもうまい」の類である。この肯定に伴ふ「とても」の「猿蓑《さるみの》」の中に出てゐることは「澄江堂雑記《ちようかうだうざつき》」(随筆集「百艸《ひやくさう》」の中《なか》)に辯じて置いた。その後《ご》島木赤彦《しまきあかひこ》さんに注意されて見ると、この「とても」も「とてもかくても」の「とても」である。
[#天から2字下げ]秋風やとても芒《すすき》はうごくはず 三河《みかは》、子尹《しゐん》
しかしこの頃又乱読をしてゐると、「続春夏秋冬《ぞくしゆんかしうとう》」の春の部の中にもかう言ふ「とても」を発見した。
[#天から2字下げ]市雛《いちびな》やとても数《かず》ある顔貌《かほかたち》 化羊《くわやう》
元禄《げんろく》の子尹《しゐん》は肩書通り三河の国の人である。明治の化羊《くわやう》は何国《なんごく》の人であらうか。
二十八 丈艸の事
蕉門《せうもん》に龍象《り
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