、一般兵卒の看客《かんかく》席より、遥かに空気が花やかだった。殊に外国の従軍武官は、愚物《ぐぶつ》の名の高い一人でさえも、この花やかさを扶《たす》けるためには、軍司令官以上の効果があった。
 将軍は今日も上機嫌《じょうきげん》だった。何か副官の一人と話しながら、時々番付を開いて見ている、――その眼にも始終日光のように、人懐《ひとなつ》こい微笑が浮んでいた。
 その内に定刻の一時になった。桜の花や日の出をとり合せた、手際の好《い》い幕の後《うしろ》では、何度か鳴りの悪い拍子木《ひょうしぎ》が響いた。と思うとその幕は、余興掛の少尉の手に、するすると一方へ引かれて行った。
 舞台は日本の室内だった。それが米屋の店だと云う事は、一隅に積まれた米俵が、わずかに暗示を与えていた。そこへ前垂掛《まえだれが》けの米屋の主人が、「お鍋《なべ》や、お鍋や」と手を打ちながら、彼自身よりも背《せ》の高い、銀杏返《いちょうがえ》しの下女を呼び出して来た。それから、――筋は話すにも足りない、一場《いちじょう》の俄《にわか》が始まった。
 舞台の悪ふざけが加わる度に、蓆敷《むしろじき》の上の看客からは、何度も笑声《
前へ 次へ
全38ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング