かならなかったから、もう四五円くれないかと云う掛け合いをはじめた。のみならずいかに断《ことわ》っても、容易に帰るけしきを見せなかった。自分はとうとう落着きを失い、「そんなことを聞いている時間はない。帰って貰おう」と怒鳴《どな》りつけた。青年はまだ不服そうに、「じゃ電車賃だけ下さい。五十銭貰えば好《い》いんです」などと、さもしいことを並べていた。が、その手も利《き》かないのを見ると、手荒に玄関の格子戸《こうしど》をしめ、やっと門外に退散した。自分はこの時こう云う寄附には今後断然応ずまいと思った。
四人の客は五人になった。五人目の客は年の若い仏蘭西《フランス》文学の研究者だった。自分はこの客と入れ違いに、茶の間《ま》の容子《ようす》を窺《うかが》いに行った。するともう支度の出来た伯母は着肥《きぶと》った子供を抱きながら、縁側をあちこち歩いていた。自分は色の悪い多加志の額《ひたい》へ、そっと唇《くちびる》を押しつけて見た。額はかなり火照《ほて》っていた。しおむきもぴくぴく動いていた。「車は?」自分は小声にほかのことを云った。「車? 車はもう来ています」伯母はなぜか他人のように、叮嚀《ていね
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