三つの指環
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)魔神《ヂン》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)唯|空《そら》の
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#ローマ数字1、1−13−21]
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※[#ローマ数字1、1−13−21]
昔々、バグダツドのマホメツト教のお寺の前に、一人の乞食が寝て居りました。丁度その時、説教がすんだので、人々はお寺からぞろぞろと出て来ましたが、誰一人としてこの乞食に、一銭もやる者はありませんでした。最後に一人の商人風の人が出て来ましたが、その乞食を見ると、ポケツトから金を出してやりました。すると乞食は急に起き上つて、「難有う御座います、陛下、アラアはあなたをお守り下さるでせう。」と云ひました。しかしその商人は気にも止めずに行き過ぎようとしますので、乞食は云ひました。「陛下、お止り下さい。お話したい事があります。」すると商人風の人は振り返つて、「私は陛下ではない。」と云ひますと、乞食は「いや、今度の陛下は駱駝追ひになつたり、水汲みになつたりして、下情を御覧になるさうです。私は朝からかうして憐みを乞うて居りますが、誰一人として私にお金を恵んで下さいません。私は陛下にお礼として、一つの指環を差し上げたいと思ひます。この指環は、アラビヤの魔神《ヂン》の作つたものでして、若し誰か陛下を毒害しようとすると、この指環についてゐる、赤い石が青くなります。」と云つて、驚いて見てゐる商人風の人の手に指環をのせると、そのまま掻き消す様に見えなくなりました。
次の日の夕暮れ、バグダツドの一つの井戸は、町の女達の水汲みで一頻り賑つてゐました。その井戸の前で、前の日お寺の前で乞食に陛下と云はれた商人が、一人の娘と話してゐました。その女は大層見窄らしいなりをしてゐましたが、非常に美しい、涼しい眼を持つた女でした。その時商人が娘に云ひますには、「私は随分長い間、毎日あなたとここで話して居りますが、いつでもあなたは、私の掛ける謎を即座に解いてしまひます。私はあなたの頭の良いのと、その上美しいのに感心しました。どうか私の妻になつて下さいませんか。」娘「私の良人となる人は、本当に私を愛してくれる人でなくてはなり
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