こともあった。
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わが愛する者の男の子等の中にあるは
林の樹の中に林檎《りんご》のあるがごとし。
…………………………………………
その我上に翻したる旗は愛なりき。
請ふ、なんぢら乾葡萄《ほしぶだう》をもてわが力を補へ。
林檎をもて我に力をつけよ。
我は愛によりて疾《や》みわづらふ。
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 或日の暮、ソロモンは宮殿の露台にのぼり、はるかに西の方を眺めやった。シバの女王の住んでいる国はもちろん見えないのに違いなかった。それは何かソロモンに安心に近い心もちを与えた。しかし又同時にその心もちは悲しみに近いものも与えたのだった。
 すると突然幻は誰《たれ》も見たことのない獣を一匹、入り日の光の中に現じ出した。獣は獅子に似て翼を拡《ひろ》げ、頭を二つ具《そな》えていた。しかもその頭の一つはシバの女王の頭であり、もう一つは彼自身の頭だった。頭は二つとも噛《か》み合いながら、不思議にも涙を流していた。幻は暫《しばら》く漂っていた後、大風の吹き渡る音と一しょに忽《たちま》ち又空中へ消えてしまった。そのあとには唯《ただ》かがやかしい、銀の鎖に似た雲が一列、斜め
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