田能村《たのむら》竹田」と云ふ書を見たら、前より此の人が好きになつた。この書は著者|大島支郎《おほしましらう》氏、売る所は豊後国《ぶんごのくに》大分《おほいた》の本屋|忠文堂《ちうぶんだう》(七月二十日)

     奇聞

 大阪の或る工場《こうじやう》へ出入《でいり》する辨当屋の小娘あり。職工の一人《ひとり》、その小娘の頬《ほほ》を舐《な》めたるに、忽ち発狂したる由。
 亜米利加《アメリカ》の何処《どこ》かの海岸なり。海水浴の仕度《したく》をしてゐる女、着物を泥棒に盗まれ、一日近くも脱衣場から出る事出来ず。その後《のち》泥棒はつかまりしが、罪名は女の羞恥心《しうちしん》を利用したる不法檻禁罪《ふはふかんきんざい》なりし由。
 電車の中で老婦人に足を踏まれし男、忌々《いまいま》しければ向うの足を踏み返したるに、その老婦人忽ち演説を始めて曰《いはく》、「皆さん。この人は唯今私が誤まつて足を踏んだのに、今度はわざと私の足を踏みました。云々《うんぬん》」と。踏み返した男、とうとう閉口《へいこう》してあやまりし由。その老婦人は矢島楫子《やじまかぢこ》女史か何かの子分ならん。
 世の中には嘘のやうな話、存外《ぞんぐわい》あるものなり。皆|小穴一遊亭《をあないちいうてい》に聞いた。(七月二十三日)

     芭蕉

 又|猿簔《さるみの》を読む。芭蕉《ばせを》と去来《きよらい》と凡兆《ぼんてう》との連句の中には、波瀾老成の所多し。就中《なかんづく》こんな所は、何《なん》とも云へぬ心もちにさせる。
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 ゆかみて蓋《ふた》のあはぬ半櫃《はんびつ》     兆《てう》
草庵《さうあん》に暫く居ては打《うち》やふり     蕉《せを》
 いのち嬉しき撰集《せんじふ》のさた     来《らい》
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 芭蕉が「草庵に暫く居ては打やふり」と付けたる付け方、徳山《とくさん》の棒が空に閃《ひらめ》くやうにして、息もつまるばかりなり。どこからこんな句を拈《ねん》して来るか、恐しと云ふ外《ほか》なし。この鋭さの前には凡兆と雖《いへど》も頭が上《あが》るかどうか。
 凡兆と云へば下《しも》の如き所あり。
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昼ねふる青鷺《あをさぎ》の身のたふとさよ   蕉
 しよろしよろ水に藺《ゐ》のそよくらん 兆
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 これは
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