次には妙なものが空をのたくって来た。よく見ると、燈夜《とうや》に街をかついで歩く、あの大きな竜燈《りゅうとう》である。長さはおよそ四五間もあろうか。竹で造った骨組みの上へ紙を張って、それに青と赤との画の具で、華やかな彩色が施してある。形は画で見る竜と、少しも変りがない。それが昼間だのに、中へ蝋燭《ろうそく》らしい火をともして、彷彿と蒼空《あおぞら》へ現れた。その上不思議な事には、その竜燈が、どうも生きているような心もちがする、現に長い鬚《ひげ》などは、ひとりでに左右へ動くらしい。――と思う中にそれもだんだん視野の外へ泳いで行って、そこから急に消えてしまった。
それが見えなくなると、今度は華奢《きゃしゃ》な女の足が突然空へ現れた。纏足《てんそく》をした足だから、細さは漸《ようや》く三寸あまりしかない。しなやかにまがった指の先には、うす白い爪が柔らかく肉の色を隔てている。小二《しょうじ》の心にはその足を見た時の記憶が夢の中で食われた蚤のように、ぼんやり遠い悲しさを運んで来た。もう一度あの足にさわる事が出来たなら、――しかしそれは勿論もう出来ないのに相違ない。こことあの足を見た所との間は、
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