した、幅の広い向うの軍刀が、頭の真上へ来て、くるりと大きな輪を描いた。――と思った時、何小二の頸のつけ根へは、何とも云えない、つめたい物が、ずんと音をたてて、はいったのである。
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馬は、創《きず》の痛みで唸《うな》っている何小二《かしょうじ》を乗せたまま、高粱《こうりょう》畑の中を無二無三《むにむさん》に駈けて行った。どこまで駈けても、高粱は尽きる容子《ようす》もなく茂っている。人馬の声や軍刀の斬り合う音は、もういつの間にか消えてしまった。日の光も秋は、遼東《りょうとう》と日本と変りがない。
繰返して云うが、何小二は馬の背に揺られながら、創の痛みで唸っていた。が、彼の食いしばった歯の間を洩れる声には、ただ唸り声と云う以上に、もう少し複雑な意味がある。と云うのは、彼は独り肉体的の苦痛のためにのみ、呻吟《しんぎん》していたのではない。精神的な苦痛のために――死の恐怖を中心として、目まぐるしい感情の変化のために、泣き喚《わめ》いていたのである。
彼は永久にこの世界に別れるのが、たまらなく悲しかった。それから彼をこの世界
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