中何小二は自分にまるで意味を成さない事を、気違いのような大声で喚《わめ》きながら、無暗に軍刀をふりまわしていた。一度その軍刀が赤くなった事もあるように思うがどうも手答えはしなかったらしい。その中に、ふりまわしている軍刀の※[#「木+霸」、第3水準1−86−28]《つか》が、だんだん脂汗《あぶらあせ》でぬめって来る。そうしてそれにつれて、妙に口の中が渇いて来る。そこへほとんど、眼球がとび出しそうに眼を見開いた、血相の変っている日本騎兵の顔が、大きな口を開《あ》きながら、突然彼の馬の前に跳《おど》り出した。赤い筋のある軍帽が、半ば裂けた間からは、いが栗坊主の頭が覗いている。何小二はそれを見ると、いきなり軍刀をふり上げて、力一ぱいその帽子の上へ斬り下した。が、こっちの軍刀に触れたのは、相手の軍帽でもなければ、その下にある頭でもない。それを下から刎《は》ね上げた、向うの軍刀の鋼《はがね》である。その音が煮えくり返るような周囲の騒ぎの中に、恐しくかん[#「かん」に傍点]と冴《さ》え渡って、磨いた鉄の冷かな臭《におい》を、一度に鋭く鼻の孔の中へ送りこんだ。そうしてそれと共に、眩《まばゆ》く日を反射
前へ
次へ
全19ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング