頼漢になったのか。だから人間はあてにならない。」
 山川技師は椅子の背へ頭をつけながら、足をのばして、皮肉に葉巻の煙を天井へ吐いた。
「あてにならないと云うのは、あいつが猫をかぶっていたと云う意味か。」
「そうさ。」
「いや、僕はそう思わない。少くともあの時は、あいつも真面目にそう感じていたのだろうと思う。恐らくは今度もまた、首が落ちると同時に(新聞の語《ことば》をそのまま使えば)やはりそう感じたろう。僕はそれをこんな風に想像する。あいつは喧嘩をしている中《うち》に、酔っていたから、訳なく卓子《テエブル》と一しょに抛《ほう》り出された。そうしてその拍子に、創口が開《あ》いて、長い辮髪《べんぱつ》をぶらさげた首が、ごろりと床の上へころげ落ちた。あいつが前に見た母親の裙子《くんし》とか、女の素足とか、あるいはまた花のさいている胡麻畑とか云うものは、やはりそれと同時にあいつの眼の前を、彷彿として往来した事だろう。あるいは屋根があるにも関《かかわ》らず、あいつは深い蒼空《あおぞら》を、遥か向うに望んだかも知れない。あいつはその時、しみじみまた今までの自分の生活が浅ましくなった。が、今度はもう間
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