がそいつはこの新聞で見ると、無頼漢だと書いてあるではないか。そんなやつは一層《いっそ》その時に死んでしまった方が、どのくらい世間でも助かったか知れないだろう。」
「それがあの頃は、極《ごく》正直な、人の好《い》い人間で、捕虜の中にも、あんな柔順なやつは珍らしいくらいだったのだ。だから軍医官でも何でも、妙にあいつが可愛いかったと見えて、特別によく療治をしてやったらしい。あいつはまた身の上話をしても、なかなか面白い事を云っていた。殊にあいつが頸に重傷を負って、馬から落ちた時の心もちを僕に話して聞かせたのは、今でもちゃんと覚えている。ある川のふちの泥の中にころがりながら、川楊《かわやなぎ》の木の空を見ていると、母親の裙子《くんし》だの、女の素足《すあし》だの、花の咲いた胡麻《ごま》畑だのが、はっきりその空へ見えたと云うのだが。」
木村少佐は葉巻を捨てて、珈琲《コオヒイ》茶碗を唇へあてながら、テエブルの上の紅梅へ眼をやって、独り語《ごと》のように語《ことば》を次いだ。
「あいつはそれを見た時に、しみじみ今までの自分の生活が浅ましくなって来たと云っていたっけ。」
「それが戦争がすむと、すぐに無
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