た》の御仲《おんなか》にも、そぐわない所があったようでございます。これにも世間にはとかくの噂がございまして、中には御親子《ごしんし》で、同じ宮腹《みやばら》の女房を御争いになったからだなどと、申すものもございますが、元よりそのような莫迦《ばか》げた事があろう筈はございません。何でも私《わたくし》の覚えて居ります限りでは、若殿様が十五六の御年に、もう御二方の間には、御不和の芽がふいていたように御見受け申しました。これが前にもちょいと申し上げて置きました、若殿様が笙《しょう》だけを御吹きにならないと云う、その謂《い》われに縁のある事なのでございます。
 その頃、若殿様は大そう笙を御好みで、遠縁の従兄《いとこ》に御当りなさる中御門《なかみかど》の少納言《しょうなごん》に、御弟子入《おでしいり》をなすっていらっしゃいました。この少納言は、伽陵《がりょう》と云う名高い笙と、大食調入食調《だいじきちょうにゅうじきちょう》の譜とを、代々御家に御伝えになっていらっしゃる、その道でも稀代《きだい》の名人だったのでございます。
 若殿様はこの少納言の御手許で、長らく切磋琢磨《せっさたくま》の功を御積みにな
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