が、その教の本尊は、見慣れぬ女菩薩《にょぼさつ》の姿じゃと申す事でございます。」
「では、波斯匿王《はしのくおう》の妃《きさい》の宮であった、茉利《まり》夫人の事でも申すと見える。」
そこで私は先日神泉苑の外《そと》で見かけました、摩利信乃法師《まりしのほうし》の振舞を逐一御話し申し上げてから、
「その女菩薩の姿では、茉利夫人とやらのようでもございませぬ。いや、それよりはこれまでのどの仏菩薩の御像《おすがた》にも似ていないのでございます。別してあの赤裸《あかはだか》の幼子《おさなご》を抱《いだ》いて居《お》るけうとさは、とんと人間の肉を食《は》む女夜叉《にょやしゃ》のようだとも申しましょうか。とにかく本朝には類《たぐい》のない、邪宗の仏《ほとけ》に相違ございますまい。」と、私の量見を言上致しますと、御姫様は美しい御眉《おんまゆ》をそっと御ひそめになりながら、
「そうしてその摩利信乃法師とやら申す男は、真実天狗の化身《けしん》のように見えたそうな。」と、念を押すように御尋ねなさいました。
「さようでございます。風俗はとんと火の燃える山の中からでも、翼に羽搏《はう》って出て来たようでござ
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