造りになった竜田《たつた》の院は、御規模こそ小そうございますが、菅相丞《かんしょうじょう》の御歌をそのままな、紅葉《もみじ》ばかりの御庭と申し、その御庭を縫っている、清らかな一すじの流れと申し、あるいはまたその流れへ御放しになった、何羽とも知れない白鷺《しらさぎ》と申し、一つとして若殿様の奥床しい御思召《おおぼしめ》しのほどが、現れていないものはございません。
そう云う次第でございますから、大殿様は何かにつけて、武張《ぶば》った事を御好みになりましたが、若殿様はまた詩歌管絃《しいかかんげん》を何よりも御喜びなさいまして、その道々の名人上手とは、御身分の上下も御忘れになったような、隔てない御つき合いがございました。いや、それもただ、そう云うものが御好きだったと申すばかりでなく、御自分も永年御心を諸芸の奥秘《おうひ》に御潜めになったので、笙《しょう》こそ御吹きになりませんでしたが、あの名高い帥民部卿《そちのみんぶきょう》以来、三舟《さんしゅう》に乗るものは、若殿様|御一人《おひとり》であろうなどと、噂のあったほどでございます。でございますから、御家の集《しゅう》にも、若殿様の秀句や名歌が
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