う、有り合せた縄にかけられて、月明りの往来へ引き据えられてしまいました。その時の平太夫の姿と申しましたら、とんと穽《わな》にでもかかった狐のように、牙ばかりむき出して、まだ未練らしく喘《あえ》ぎながら、身悶えしていたそうでございます。
するとこれを御覧になった若殿様は、欠伸《あくび》まじりに御笑いになって、
「おお、大儀。大儀。それで予の腹も一先《ひとまず》癒えたと申すものじゃ。が、とてもの事に、その方どもは、予が車を警護|旁《かたがた》、そこな老耄《おいぼれ》を引き立て、堀川の屋形《やかた》まで参ってくれい。」
こう仰有《おっしゃ》られて見ますと盗人たちも、今更いやとは申されません。そこで一同うち揃って、雑色《ぞうしき》がわりに牛を追いながら、縄つきを中にとりまいて、月夜にぞろぞろと歩きはじめました。天《あめ》が下《した》は広うございますが、かように盗人どもを御供に御つれ遊ばしたのは、まず若殿様のほかにはございますまい。もっともこの異様な行列も、御屋形まで参りつかない内に、急を聞いて駆けつけた私どもと出会いましたから、その場で面々御褒美を頂いた上、こそこそ退散致してしまいました。
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