その中から絶え間なく晴れ渡った秋の空へ、うらうらと昇って参ります。
 するとその供養のまっ最中、四方の御門の外に群って、一目でも中の御容子《ごようす》を拝もうとしている人々が、俄《にわか》に何事が起ったのか、見る見るどっとどよみ立って、まるで風の吹き出した海のように、押しつ押されつし始めました。

        三十

 この騒ぎを見た看督長《かどのおさ》は、早速そこへ駈けつけて、高々と弓をふりかざしながら、御門《ごもん》の中《うち》へ乱れ入った人々を、打ち鎮めようと致しました。が、その人波の中を分けて、異様な風俗の沙門《しゃもん》が一人、姿を現したと思いますと、看督長はたちまち弓をすてて、往来の遮《さまたげ》をするどころか、そのままそこへひれ伏しながら、まるで帝《みかど》の御出ましを御拝み申す時のように、礼を致したではございませんか。外の騒動に気をとられて、一しきりざわめき立った御門の中が、急にひっそりと静まりますと、また「摩利信乃法師《まりしのほうし》、摩利信乃法師」と云う囁き声が、丁度|蘆《あし》の葉に渡る風のように、どこからともなく起ったのは、この時の事でございます。
 摩利信乃法師は、今日も例の通り、墨染の法衣《ころも》の肩へ長い髪を乱しながら、十文字の護符の黄金《こがね》を胸のあたりに燦《きらめ》かせて、足さえ見るも寒そうな素跣足《すはだし》でございました。その後《うしろ》にはいつもの女菩薩《にょぼさつ》の幢《はた》が、秋の日の光の中にいかめしく掲げられて居りましたが、これは誰か供のものが、さしかざしてでもいたのでございましょう。
「方々《かたがた》にもの申そう。これは天上皇帝の神勅を賜わって、わが日の本に摩利の教を布《し》こうずる摩利信乃法師と申すものじゃ。」
 あの沙門は悠々と看督長《かどのおさ》の拝に答えてから、砂を敷いた御庭の中へ、恐れげもなく進み出て、こう厳《おごそか》な声で申しました。それを聞くと御門の中は、またざわめきたちましたが、さすがに検非違使《けびいし》たちばかりは、思いもかけない椿事《ちんじ》に驚きながらも、役目は忘れなかったのでございましょう。火長《かちょう》と見えるものが二三人、手に手を得物提《えものひっさ》げて、声高《こわだか》に狼藉《ろうぜき》を咎めながら、あの沙門へ走りかかりますと、矢庭に四方から飛びかかって、搦《から》
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