た非人《ひにん》たちが、四方から私どもをとり囲みました。それがまた、大抵《たいてい》は摩利《まり》の教の信者たちでございますから、私どもが太刀を捨ててしまったのを幸に、いざと云えば手ごめにでもし兼ねない勢いで、口々に凄じく罵り騒ぎながら、まるで穽《わな》にかかった狐《きつね》でも見るように、男も女も折り重なって、憎さげに顔を覗きこもうとするのでございます。その何人とも知れない白癩《びゃくらい》どもの面《おもて》が、新に燃え上った芥火《あくたび》の光を浴びて、星月夜《ほしづくよ》も見えないほど、前後左右から頸《うなじ》をのばした気味悪さは、到底この世のものとは思われません。
 が、その中でもさすがに摩利信乃法師《まりしのほうし》は、徐《おもむろ》に哮《たけ》り立つ非人たちを宥《なだ》めますと、例の怪しげな微笑を浮べながら、私どもの前へ進み出まして、天上皇帝の御威徳の難有《ありがた》い本末《もとすえ》を懇々と説いて聴かせました。が、その間も私の気になって仕方がなかったのは、あの沙門の肩にかかっている、美しい薄色の袿《うちぎ》の事でございます。元より薄色の袿と申しましても、世間に類《たぐい》の多いものではございますが、もしやあれは中御門《なかみかど》の姫君の御召し物ではございますまいか。万一そうだと致しましたら、姫君はもういつの間にか、あの沙門《しゃもん》と御対面になったのでございましょうし、あるいはその上に摩利《まり》の教も、御帰依なすってしまわないとは限りません。こう思いますと私は、おちおち相手の申します事も、耳にはいらないくらいでございましたが、うっかりそんな素振《そぶり》を見せましては、またどんな恐ろしい目に遇わされないものでもございますまい。しかも摩利信乃法師の容子《ようす》では、私どももただ、神仏を蔑《なみ》されるのが口惜《くちお》しいので、闇討をしかけたものだと思ったのでございましょう。幸い、堀川の若殿様に御仕え申している事なぞは、気のつかないように見えましたから、あの薄色の袿《うちぎ》にも、なるべく眼をやらないようにして、河原の砂の上に坐ったまま、わざと神妙にあの沙門の申す事を聴いて居《お》るらしく装いました。
 するとそれが先方には、いかにも殊勝《しゅしょう》げに見えたのでございましょう。一通り談義めいた事を説いて聴かせますと、摩利信乃法師は顔色を和《や
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