の晩餐《ばんさん》はとうに始まつてゐたらしかつた。僕はテエブルの隅に坐り、ナイフやフオオクを動かし出した。正面の新郎や新婦をはじめ、白い凹字《あふじ》形のテエブルに就いた五十人あまりの人びとは勿論いづれも陽気だつた。が、僕の心もちは明るい電燈の光の下にだんだん憂欝になるばかりだつた。僕はこの心もちを遁《のが》れる為に隣にゐた客に話しかけた。彼は丁度獅子のやうに白い頬髯《ほほひげ》を伸ばした老人だつた。のみならず僕も名を知つてゐた或名高い漢学者だつた。従つて又僕等の話はいつか古典の上へ落ちて行つた。
「麒麟《きりん》はつまり一角獣《いつかくじう》ですね。それから鳳凰《ほうわう》もフエニツクスと云ふ鳥の、……」
この名高い漢学者はかう云ふ僕の話にも興味を感じてゐるらしかつた。僕は機械的にしやべつてゐるうちにだんだん病的な破壊慾を感じ、堯舜《げうしゆん》を架空の人物にしたのは勿論、「春秋《しゆんじう》」の著者もずつと後の漢代の人だつたことを話し出した。するとこの漢学者は露骨に不快な表情を示し、少しも僕の顔を見ずに殆ど虎の唸るやうに僕の話を截《き》り離した。
「もし堯舜もゐなかつたとすれば、
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