sよ》つて歩いて行つた。
海は低い砂山の向うに一面に灰色に曇つてゐた。その又砂山にはブランコのないブランコ台が一つ突つ立つてゐた。僕はこのブランコ台を眺め、忽《たちま》ち絞首台を思ひ出した。実際又ブランコ台の上には鴉が二三羽とまつてゐた。鴉は皆僕を見ても、飛び立つ気色《けしき》さへ示さなかつた。のみならずまん中にとまつてゐた鴉は大きい嘴《くちばし》を空へ挙げながら、確かに四たび声を出した。
僕は芝の枯れた砂土手に沿ひ、別荘の多い小みちを曲ることにした。この小みちの右側にはやはり高い松の中に二階のある木造の西洋家屋が一軒白じらと立つてゐる筈だつた。(僕の親友はこの家のことを「春のゐる家」と称してゐた。)が、この家の前へ通りかかると、そこにはコンクリイトの土台の上にバス・タツブが一つあるだけだつた。火事――僕はすぐにかう考へ、そちらを見ないやうに歩いて行つた。すると自転車に乗つた男が一人まつすぐに向うから近づき出した。彼は焦茶《こげちや》いろの鳥打ち帽をかぶり、妙にぢつと目を据ゑたまま、ハンドルの上へ身をかがめてゐた。僕はふと彼の顔に姉の夫の顔を感じ、彼の目の前へ来ないうちに横の小みち
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