ヘ九時にでもなり次第、或雑誌社へ電話をかけ、兎に角金の都合をした上、僕の家へ帰る決心をした。机の上に置いた鞄の中へ本や原稿を押しこみながら。
六 飛行機
僕は東海道線の或停車場からその奥の或避暑地へ自動車を飛ばした。運転手はなぜかこの寒さに古いレエン・コオトをひつかけてゐた。僕はこの暗合を無気味に思ひ、努めて彼を見ないやうに窓の外へ目をやることにした。すると低い松の生えた向うに、――恐らくは古い街道に葬式が一列通るのを見つけた。白張りの提灯《ちやうちん》や竜燈《りゆうとう》はその中に加はつてはゐないらしかつた。が、金銀の造花の蓮は静かに輿《こし》の前後に揺《ゆら》いで行つた。……
やつと僕の家へ帰つた後、僕は妻子や催眠薬の力により、二三日は可也《かなり》平和に暮らした。僕の二階は松林の上にかすかに海を覗《のぞ》かせてゐた。僕はこの二階の机に向かひ、鳩の声を聞きながら、午前だけ仕事をすることにした。鳥は鳩や鴉《からす》の外に雀も縁側へ舞ひこんだりした。それも亦僕には愉快だつた。「喜雀堂《きじやくだう》に入る。」――僕はペンを持つたまま、その度にこんな言葉を思ひ出した。
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