かつてきた。僕は里見君のラジオ・ドラマのことかと思つたから、早速《さつそく》電話器を里見君に渡した。里見君は「ああ、さうです。ええ、さうです」とか何《なん》とか云ひながら、くすくすひとり笑つてゐた。それから僕に「莫迦莫迦《ばかばか》しいよ、クルシイクルシイですか、ヘトヘトだですかときいて来たんだ。」と云つた。こんな電報を打つたものは小樽市始まつて以来なかつたのかも知れない。
講演にはもう食傷《しよくしやう》した。当分はもうやる気はない。北海道の風景は不思議にも感傷的に美しかつた。食ひものはどこへたどり着いてもホツキ貝ばかり出されるのに往生《わうじやう》した。里見君は旭川《あさひかは》でオムレツを食ひ、「オムレツと云ふものはうまいもんだなあ」としみじみ感心してゐただけでも大抵《たいてい》想像できるだらう。
[#天から2字下げ]雪どけの中にしだるる柳かな
[#地から1字上げ](昭和二年六月)
底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
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