歯にも透《とほ》る位、苦味の交つた甘さがある。その上彼の口の中には、急《たちま》ち橘の花よりも涼しい、微妙な匂が一ぱいになつた。侍従は何処から推量したか、平中のたくみを破る為に、香細工の糞をつくつたのである。
「侍従! お前は平中を殺したぞ!」
平中はかう呻《うめ》きながら、ばたりと蒔絵の筐を落した。さうして其処の床の上へ、仏倒《ほとけだふ》しに倒れてしまつた。その半死の瞳の中には、紫摩金《しまごん》の円光にとりまかれた儘、※[#「女+展」、180−下−14]然《てんぜん》と彼にほほ笑みかけた侍従の姿を浮べながら。……
[#地から2字上げ](大正十年九月)
底本:「現代日本文学大系 43 芥川龍之介集」筑摩書房
1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月19日公開
2004年3月1日修正
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