た美人の姿が、髣髴《はうふつ》と浮んでゐるからだよ。平中は何時も世間の女に、さう云ふ美しさを見ようとしてゐる。実際惚れてゐる時には、見る事が出来たと思つてゐるのだ。が、勿論二三度逢へば、さう云ふ蜃気楼《しんきろう》は壊れてしまふ。その為にあいつは女から女へ、転々と憂《う》き身をやつしに行くのだ。しかも末法《まつぽふ》の世の中に、そんな美人のゐる筈はないから、結局平中の一生は、不幸に終るより仕方がない。その点では君や僕の方が、遙かに仕合せだと云ふものさ。しかし平中の不幸なのは、云はば天才なればこそだね。あれは平中一人ぢやない。空海上人や小野道風も、きつとあいつと似てゐたらう。兎に角仕合になる為には、御同様凡人が一番だよ……。」
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     五 まりも美しとなげく男

 平中《へいちゆう》は独り寂しさうに、本院の侍従の局《つぼね》に近い、人気《ひとけ》のない廊下に佇んでゐる。その廊下の欄にさした、油のやうな日の色を見ても、又今日は暑さが加はるらしい。が、庇《ひさし》の外の空には、簇々《そうそう》と緑を抽《ぬ》いた松が、静かに涼しさを守つてゐる。
「侍従はおれを相手
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