。「喜劇ならば君にはすぐ書けるだらう。」僕のテムペラメントは厳粛である。全精神を振ひ起さなければ滅多《めつた》に常談も云ふことは出来ない。それを佐藤は世間と共に容易の業のやうに誤解してゐる。
 又或新進の豪傑の佐藤を褒め、僕を貶《けな》した時、佐藤は僕にかう云ふ手紙をよこした。「僕は君と比較されるのを甚だ迷惑に思つてゐる。」これも亦《また》誤解と云はなければならぬ。僕はまだ一篇の琴唄の作者を新進の豪傑と同程度の頭脳の持ち主と思つたことはない。尤《もつと》もさう云ふ佐藤の厚意に感謝したことは勿論《もちろん》である。
 又震災後に会つた時、佐藤は僕にかう云つた。「銀座の回復する時分には二人とも白髪になつてゐるだらうなあ。」これは佐藤の僕に対して抱いた、最も大いなる誤解である。いつか裸になつたのを見たら、佐藤は詩人には似合はしからぬ、堂堂たる体格を具へてゐた。到底僕は佐藤と共に天寿を全うする見込みはない。醜悪なる老年を迎へるのは当然佐藤春夫にのみ神神から下された宿命である。



底本:「芥川龍之介全集 第十一巻」岩波書店
   1996(平成8)年9月9日発行
入力:もりみつじゅんじ
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