亡んで業|顕《あらは》るとは誠にこの人の謂《いひ》なるかな。思ふに前記の諸篇の如き、布局法あり、行筆本あり、変化至つて規矩《きく》を離れざる、能く久遠に垂《た》るべき所以《ゆゑん》ならん。予常に思ふ、芸術の境に未成品ある莫《な》しと。紅葉亦然らざらんや。(二月三日)

     誨淫の書

 金瓶梅《きんぺいばい》、肉蒲団《にくぶとん》は問はず、予が知れる支那小説中、誨淫の譏《そしり》あるものを列挙すれば、杏花天《きやうくわてん》、燈芯奇僧伝《たうしんきそうでん》、痴婆子伝《ちばしでん》、牡丹奇縁、如意君伝《によいくんでん》、桃花庵、品花宝鑑《ひんくわはうかん》、意外縁、殺子報、花影奇情伝、醒世第一奇書《せいせいだいいちきしよ》、歓喜奇観、春風得意奇縁、鴛鴦夢《えんあうむ》、野臾曝言《やゆばうげん》、淌牌黒幕《せうはいこくばく》等なるべし。聞く、夙《つと》に舶載せられしものは、既に日本語の翻案ありと。又聞く、近年この種の翻案を密に剞※[#「厥+りっとう」、第4水準2−3−30]《きけつ》に附せしものありと。若し這般《しやはん》の和訳艶情小説を一読過せんと欲するものは、請《こ》ふ、当代の
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