ALyra Nicotiana を翻《ひるがへ》すも、西洋詩人の喫煙を愛《め》づるは、東洋詩人の点茶《てんちや》を悦ぶと好一対《かういつつゐ》なりと云ふを得べし。小説にてはバリイが「ニコチン夫人」最も人口に※[#「口+會」、第3水準1−15−25]炙《くわいしや》したり。されど唯軽妙の筆《ひつ》、容易に読者を微笑せしむるのみ。ニコチンの名、もと仏蘭西《フランス》人ジアン・ニコツトより出づ。十六世紀の中葉、ニコツト大使の職を帯びて西班牙《スペイン》に派遣せらるるや、フロリダ渡来の葉煙草を得て、その医療に効あるを知り、栽培《さいばい》大いに努めしかば、一時は仏人煙草を呼んでニコチアナと云ふに至りしとぞ。デ・クインシイが「阿片《アヘン》喫煙者の懺悔《ざんげ》」は、さきに佐藤春夫《さとうはるを》氏をして「指紋《しもん》」の奇文を成さしめたり。誰か又バリイの後《のち》に出でて、バリイを抜く事数等なる、恰《あたか》もハヴアナのマニラに於ける如き煙草小説を書かんものぞ。(二月二十五日)

     一字の師

 唐《たう》の任翻《じんはん》天台巾子峯《てんだいきんしほう》に遊び、詩を寺壁に題して云ふ
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