い》になってしまいました。
 するとある夜の事、お栄のよく寝入っている部屋へ、突然祖母がはいって来て、眠むがるのを無理に抱《だ》き起してから、人手も借りず甲斐甲斐しく、ちゃんと着物を着換えさせたそうです。お栄はまだ夢でも見ているような、ぼんやりした心もちでいましたが、祖母はすぐにその手を引いて、うす暗い雪洞《ぼんぼり》に人気《ひとけ》のない廊下《ろうか》を照らしながら、昼でも滅多にはいった事のない土蔵《どぞう》へお栄をつれて行きました。
 土蔵の奥には昔から、火伏《ひぶ》せの稲荷《いなり》が祀《まつ》ってあると云う、白木《しらき》の御宮がありました。祖母は帯の間から鍵《かぎ》を出して、その御宮の扉を開けましたが、今|雪洞《ぼんぼり》の光に透《す》かして見ると、古びた錦の御戸帳《みとちょう》の後に、端然と立っている御神体は、ほかでもない、この麻利耶観音なのです。お栄はそれを見ると同時に、急に※[#「虫+車」、第3水準1−91−55]《こおろぎ》の鳴く声さえしない真夜中の土蔵が怖くなって、思わず祖母の膝へ縋《すが》りついたまま、しくしく泣き出してしまいました。が、祖母はいつもと違って、お栄
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