巻煙草を投げると、真面目《まじめ》にこう言う相談をしかけた。
「嶽麓《がくろく》には湘南工業学校と言う学校も一つあるんだがね、そいつをまっ先に参観しようじゃないか?」
「うん、見ても差支えない。」
 僕は煮え切らない返事をした。それはついきのうの朝、或女学校を参観に出かけ、存外|烈《はげ》しい排日的空気に不快を感じていた為だった。しかし僕等を乗せたボオトは僕の気もちなどには頓着《とんちゃく》せず、「中の島」の鼻を大まわりに不相変《あいかわらず》晴れやかな水の上をまっ直《すぐ》に嶽麓へ近づいて行った。………

   * * * * *

 僕はやはり同じ日の晩、或|妓館《ぎかん》の梯子段《はしごだん》を譚と一しょに上って行った。
 僕等の通った二階の部屋は中央に据えたテエブルは勿論、椅子《いす》も、唾壺《たんつぼ》も、衣裳箪笥《いしょうだんす》も、上海や漢口《かんこう》の妓館にあるのと殆《ほとん》ど変りは見えなかった。が、この部屋の天井の隅には針金細工の鳥籠《とりかご》が一つ、硝子窓《がらすまど》の側にぶら下げてあった。その又籠の中には栗鼠《りす》が二匹、全然何の音も立てずに止まり木を上
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