れは実際人間よりも、蝗《いなご》に近い早業だった。が、あっと思ううちに今度は天秤捧《てんびんぼう》を横たえたのが見事に又水を跳《おど》り越えた。続いて二人、五人、八人、――見る見る僕の目の下はのべつに桟橋へ飛び移る無数の支那人に埋《うず》まってしまった。と思うと船はいつの間にかもう赤煉瓦の西洋家屋や葉柳などの並んだ前にどっしりと横着けに聳《そび》えていた。
僕はやっと欄干を離れ、同じ「社」のBさんを物色し出した。長沙に六年もいるBさんはきょうも特に※[#「さんずい+元」、第3水準1−86−54]江丸へ出迎いに来てくれる筈《はず》になっていた。が、Bさんらしい姿は容易に僕には見つからなかった。のみならず舷梯《げんてい》を上下するのは老若の支那人ばかりだった。彼等は互に押し合いへし合い、口々に何か騒いでいた。殊に一人の老紳士などは舷梯を下りざまにふり返りながら、後《うしろ》にいる苦力《クウリイ》を擲《なぐ》ったりしていた。それは長江を遡《さかのぼ》って来た僕には決して珍しい見ものではなかった。けれども亦格別見慣れたことを長江に感謝したい見ものでもなかった。
僕はだんだん苛立《いらだ》たしさを感じ、もう一度欄干によりかかりながら、やはり人波の去来する埠頭の前後を眺めまわした。そこには肝腎のBさんは勿論、日本人は一人も見当らなかった。しかし僕は桟橋の向うに、――枝のつまった葉柳の下に一人の支那美人を発見した。彼女は水色の夏衣裳《なついしょう》の胸にメダルか何かをぶら下げた、如何にも子供らしい女だった。僕の目は或はそれだけでも彼女に惹《ひ》かれたかも知れなかった。が、彼女はその上に高い甲板を見上げたまま、紅の濃い口もとに微笑を浮かべ、誰《たれ》かに合い図でもするように半開きの扇をかざしていた。………
「おい、君。」
僕は驚いてふり返った。僕の後ろにはいつの間にか鼠色《ねずみいろ》の大掛児《タアクアル》を着た支那人が一人、顔中に愛嬌《あいきょう》を漲《みなぎ》らせていた。僕はちょっとこの支那人の誰であるかがわからなかった。けれども忽《たちま》ち彼の顔に、――就中《なかんずく》彼の薄い眉毛《まゆげ》に旧友の一人を思い出した。
「やあ、君か。そうそう、君は湖南の産《うまれ》だったっけね。」
「うん、ここに開業している。」
譚永年《たんえいねん》は僕と同期に一高から東大の医科
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