一身の興味打算――皆直接垂死の師匠とは、関係のない事ばかりである。だから師匠はやはり発句の中で、屡《しばしば》予想を逞《たくまし》くした通り、限りない人生の枯野の中で、野ざらしになつたと云つて差支へない。自分たち門弟は皆師匠の最後を悼《いた》まずに、師匠を失つた自分たち自身を悼んでゐる。枯野に窮死した先達を歎かずに、薄暮に先達を失つた自分たち自身を歎いてゐる。が、それを道徳的に非難して見た所で、本来薄情に出来上つた自分たち人間をどうしよう。――かう云ふ厭世的な感慨に沈みながら、しかもそれに沈み得る事を得意にしてゐた支考は、師匠の唇をしめし終つて、羽根楊子を元の湯呑へ返すと、涙に咽《むせ》んでゐる門弟たちを、嘲《あざけ》るやうにじろりと見廻して、徐《おもむろ》に又自分の席へ立ち戻つた。人の好い去来の如きは、始からその冷然とした態度に中《あ》てられて、さつきの不安を今更のやうに又新にしたが、独り其角が妙に擽《くすぐ》つたい顔をしてゐたのは、どこまでも白眼《はくがん》で押し通さうとする東花坊のこの性行上の習気を、小うるさく感じてゐたらしい。
支考に続いて惟然坊《ゐねんばう》が、墨染の法衣《
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