芳の顔を見た時、存外彼女が老《ふ》けたことを感じた。しかもそれは顔ばかりではなかった。お芳は四五年以前には円まると肥《ふと》った手をしていた。が、年は彼女の手さえ静脈の見えるほど細らせていた。それから彼女が身につけたものも、――お鈴は彼女の安ものの指環《ゆびわ》に何か世帯じみた寂しさを感じた。
「これは兄が檀那様《だんなさま》に差し上げてくれと申しましたから。」
 お芳は愈《いよいよ》気後れのしたように古い新聞紙の包みを一つ、茶の間へ膝《ひざ》を入れる前にそっと台所の隅へ出した。折から洗いものをしていたお松はせっせと手を動かしながら、水々しい銀杏返《いちょうがえ》しに結ったお芳を時々尻目に窺《うかが》ったりしていた。が、この新聞紙の包みを見ると、更に悪意のある表情をした。それは又実際|文化竈《ぶんかかまど》や華奢《きゃしゃ》な皿小鉢と調和しない悪臭を放っているのに違いなかった。お芳はお松を見なかったものの、少くともお鈴の顔色に妙なけはいを感じたと見え、「これは、あの、大蒜《にんにく》でございます」と説明した。それから指を噛《か》んでいた子供に「さあ、坊ちゃん、お時宜《じぎ》なさい」と声
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