徐《おもむ》ろにもせよ、確実に効果を与えるものだった。
お芳が泊ってから一週間ほどの後、武夫は又文太郎と喧嘩をした。喧嘩は唯《ただ》豚の尻《し》っ尾《ぽ》は柿の蔕《へた》に似ているとか似ていないとか云うことから始まっていた。武夫は彼の勉強部屋の隅に、――玄関の隣の四畳半の隅にか細い文太郎を押しつけた上、さんざん打ったり蹴《け》ったりした。そこへ丁度来合せたお芳は泣き声も出ない文太郎を抱き上げ、こう武夫をたしなめにかかった。
「坊ちゃん、弱いものいじめをなすってはいけません。」
それは内気な彼女には珍らしい棘《とげ》のある言葉だった。武夫はお芳の権幕に驚き、今度は彼自身泣きながら、お鈴のいる茶の間へ逃げこもった。するとお鈴もかっとしたと見え、手ミシンの仕事をやりかけたまま、お芳親子のいる所へ無理八理に武夫を引きずって行った。
「お前が一体|我儘《わがまま》なんです。さあ、お芳さんにおあやまりなさい、ちゃんと手をついておあやまりなさい。」
お芳はこう云うお鈴の前に文太郎と一しょに涙を流し、平あやまりにあやまる外はなかった。その又仲裁役を勤めるものは必ず看護婦の甲野だった。甲野は顔を赤
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