みつまた》になった往来へ、笛を吹きながら来かかりますと、右と左と両方の路から、弓矢に身をかためた、二人の年若な侍が、逞《たくま》しい馬に跨《またが》って、しずしずこっちへやって来ました。
 髪長彦はそれを見ると、吹いていた笛を腰へさして、叮嚀におじぎをしながら、
「もし、もし、殿様、あなた方は一体、どちらへいらっしゃるのでございます。」と尋ねました。
 すると二人の侍が、交《かわ》る交《がわ》る答えますには、
「今度|飛鳥《あすか》の大臣様《おおおみさま》の御姫様が御二方、どうやら鬼神《おにがみ》のたぐいにでもさらわれたと見えて、一晩の中に御行方《おんゆくえ》が知れなくなった。」
「大臣様は大そうな御心配で、誰でも御姫様を探し出して来たものには、厚い御褒美《ごほうび》を下さると云う仰せだから、それで我々二人も、御行方を尋ねて歩いているのだ。」
 こう云って二人の侍は、女のような木樵《きこり》と三匹の犬とをさも莫迦《ばか》にしたように見下《みくだ》しながら、途を急いで行ってしまいました。
 髪長彦は好《い》い事を聞いたと思いましたから、早速白犬の頭を撫でて、
「嗅《か》げ。嗅げ。御姫様たちの御行方を嗅ぎ出せ。」と云いました。
 すると白犬は、折から吹いて来た風に向って、しきりに鼻をひこつかせていましたが、たちまち身ぶるいを一つするが早いか、
「わん、わん、御姉様《おあねえさま》の御姫様は、生駒山《いこまやま》の洞穴《ほらあな》に住んでいる食蜃人《しょくしんじん》の虜《とりこ》になっています。」と答えました。食蜃人《しょくしんじん》と云うのは、昔|八岐《やまた》の大蛇《おろち》を飼っていた、途方もない悪者なのです。
 そこで木樵《きこり》はすぐ白犬と斑犬《ぶちいぬ》とを、両方の側《わき》にかかえたまま、黒犬の背中に跨って、大きな声でこう云いつけました。
「飛べ。飛べ。生駒山《いこまやま》の洞穴《ほらあな》に住んでいる食蜃人の所へ飛んで行け。」
 その言《ことば》が終らない中《うち》です。恐しいつむじ風が、髪長彦の足の下から吹き起ったと思いますと、まるで一ひらの木《こ》の葉のように、見る見る黒犬は空へ舞い上って、青雲《あおぐも》の向うにかくれている、遠い生駒山の峰の方へ、真一文字に飛び始めました。

        三

 やがて髪長彦《かみながひこ》が生駒山《いこまやま》へ来て見ますと、成程山の中程に大きな洞穴《ほらあな》が一つあって、その中に金の櫛《くし》をさした、綺麗《きれい》な御姫様《おひめさま》が一人、しくしく泣いていらっしゃいました。
「御姫様、御姫様、私《わたくし》が御迎えにまいりましたから、もう御心配には及びません。さあ、早く、御父様《おとうさま》の所へ御帰りになる御仕度をなすって下さいまし。」
 こう髪長彦が云いますと、三匹の犬も御姫様の裾や袖を啣《くわ》えながら、
「さあ早く、御仕度をなすって下さいまし。わん、わん、わん、」と吠えました。
 しかし御姫様は、まだ御眼に涙をためながら、洞穴の奥の方をそっと指さして御見せになって、
「それでもあすこには、私《わたし》をさらって来た食蜃人が、さっきから御酒に酔って寝ています。あれが目をさましたら、すぐに追いかけて来るでしょう。そうすると、あなたも私も、命をとられてしまうのにちがいありません。」と仰有《おっしゃ》いました。
 髪長彦はにっこりほほ笑んで、
「高の知れた食蜃人なぞを、何でこの私《わたくし》が怖《こわ》がりましょう。その証拠には、今ここで、訳《わけ》なく私が退治して御覧に入れます。」と云いながら、斑犬《ぶちいぬ》の背中を一つたたいて、
「噛め。噛め。この洞穴の奥にいる食蜃人を一噛みに噛み殺せ。」と、勇ましい声で云いつけました。
 すると斑犬はすぐ牙《きば》をむき出して、雷《かみなり》のように唸《うな》りながら、まっしぐらに洞穴の中へとびこみましたが、たちまちの中にまた血だらけな食蜃人の首を啣《くわ》えたまま、尾をふって外へ出て来ました。
 ところが不思議な事には、それと同時に、雲で埋《うず》まっている谷底から、一陣の風がまき起りますと、その風の中に何かいて、
「髪長彦さん。難有《ありがと》う。この御恩は忘れません。私は食蜃人にいじめられていた、生駒山の駒姫《こまひめ》です。」と、やさしい声で云いました。
 しかし御姫様は、命拾いをなすった嬉しさに、この声も聞えないような御容子《ごようす》でしたが、やがて髪長彦の方を向いて、心配そうに仰有《おっしゃ》いますには、
「私《わたくし》はあなたのおかげで命拾いをしましたが、妹は今時分どこでどんな目に逢《あ》って居りましょう。」
 髪長彦はこれを聞くと、また白犬の頭を撫《な》でながら、
「嗅げ。嗅げ。御姫様の御行方を嗅ぎ
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