げ[#「嗅げ」に傍点]と言って、どんな遠い所の事でも嗅《か》ぎ出して来る利口な犬だ。では、一生|己《おれ》の代りに、大事に飼ってやってくれ。」と言うかと思うと、その姿は霧のように消えて、見えなくなってしまいました。
 髪長彦は大喜びで、この白犬と一しょに里へ帰って来ましたが、あくる日また、山へ行って、何気《なにげ》なく笛を鳴らしていると、今度は黒い勾玉《まがたま》を首へかけた、手の一本しかない大男が、どこからか形を現して、
「きのう己の兄きの足一つの神が、お前に犬をやったそうだから、己も今日は礼をしようと思ってやって来た。何か欲しいものがあるのなら、遠慮なく言うが好い。己は葛城山の手一《てひと》つの神だ。」と言いました。
 そうして髪長彦が、また「嗅《か》げにも負けないような犬が欲しい。」と答えますと、大男はすぐに口笛を吹いて、一匹の黒犬を呼び出しながら、
「この犬の名は飛べ[#「飛べ」に傍点]と言って、誰でも背中へ乗ってさえすれば百里でも千里でも、空を飛んで行くことが出来る。明日《あした》はまた己の弟が、何かお前に礼をするだろう。」と言って、前のようにどこかへ消え失せてしまいました。
 するとあくる日は、まだ、笛を吹くか吹かないのに、赤い勾玉《まがたま》を飾りにした、目の一つしかない大男が、風のように空から舞い下って、
「己《おれ》は葛城山《かつらぎやま》の目一《めひと》つの神だ、兄きたちがお前に礼をしたそうだから、己も嗅げ[#「嗅げ」に傍点]や飛べ[#「飛べ」に傍点]に劣らないような、立派な犬をくれてやろう。」と言ったと思うと、もう口笛の声が森中にひびき渡って、一匹の斑犬《ぶちいぬ》が牙《きば》をむき出しながら、駈けて来ました。
「これは噛め[#「噛め」に傍点]という犬だ。この犬を相手にしたが最後、どんな恐しい鬼神《おにがみ》でも、きっと一噛《ひとか》みに噛み殺されてしまう。ただ、己《おれ》たちのやった犬は、どんな遠いところにいても、お前が笛を吹きさえすれば、きっとそこへ帰って来るが、笛がなければ来ないから、それを忘れずにいるが好い。」
 そう言いながら目一つの神は、また森の木の葉をふるわせて、風のように舞い上ってしまいました。

        二

 それから四五日たったある日のことです。髪長彦は三匹の犬をつれて、葛城山《かつらぎやま》の麓にある、路が三叉《
前へ 次へ
全10ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング