イドは毎日侍女を相手に、柘榴やサフランの花の咲いた王宮の中に暮らしてゐました。しかし我々を支配する恋愛はこの美しいアラビアの王女をも捉へない筈はありません。或月の澄み渡つた晩、ゼライイドは彼女の恋人と一しよにそつと王宮を抜け出しました。アラビアの恋愛至上主義の詩人、「大いなる」デヂアアルはかう彼女のことを歌つてゐます。――
[#ここから3字下げ]
ゼライイドよ! 沙漠の薔薇よ!
君の恋人は幸ひなるかな!
君は君の恋人の杖、
君は君の恋人の歯、
君の恋人は恵まれたるかな!
おう、ゼライイドよ! 沙漠の泉よ!
[#ここで字下げ終わり]
「君の恋人の杖」や「君の恋人の歯」は多少妙に聞えるかも知れません。が、美しいゼライイドの恋人は――あなたがたはどんな男だつたと思ひますか? 行年七十六とか言ふ、醜い黒ん坊の奴隷だつたのです。



底本:「芥川龍之介全集 第十二巻」岩波書店
   1996(平成8)年10月8日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
2003年5月11日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http:/
前へ 次へ
全5ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング